2021年 12月 27日 / 未分類
【自主時報 2021/12/27】
在日韓国民主統一連合(韓統連)が26日、日本・名古屋市で「2022年大統領選挙 積弊清算貫徹!国家保安法廃止!平和統一促進!韓統連全国代表者決意集会」を開催した。
宋世一韓統連委員長は「私たちの目標は自主・民主・統一の実現だ。今回の大統領選挙で私たちが目標にする自主的民主政権の樹立を展望し、今、どのような政権を誕生させなければならないかを考えなければならない。保守政権に回帰せず、これまでの民主化・統一運動の流れで新しい政権を誕生させなければならない。在外同胞が勝ち取った参政権を行使して、来年3月大統領選挙で私たちが念願する政権を誕生させよう」と訴えた。
続いて韓統連の地方本部、会員団体の決意表明が行われた。
韓成祐韓青中央本部委員長は朴槿恵の赦免に対し、キャンドル革命に対する背信だと規定した。あわせて「積弊勢力を一掃して、国家保安法を廃止するために国内の青年たちと強く連帯しなければならない」と主張した。
尹康彦韓統連広島本部副代表委員は、今回の大統領選挙に対して、祖国の未来を展望するのに重要な選挙だと強調した。また「大統領選挙で民主改革を進行できる政権を誕生させなければならない。分断で利益を得る構造を変革させ、祖国統一を実現するために闘いぬこう」と訴えた。
韓統連は決議文で▲積弊清算貫徹、キャンドル革命の民意に応じる政権の誕生▲国家保安法の廃止、韓統連に対する反国家団体規定解除▲南北合意履行による平和統一の実現などを明らかにした。
2021年 12月 23日 / 未分類
【民衆の声 2021/12/24】
良心囚 李石基元統合進歩党議員が24日、仮釈放された。拘束されて8年3ヶ月ぶりだ。
李元議員はこの日午前10時、大田刑務所を出て門の前で待っていた支持者に会った。
李元議員は「この門の中と空気が違う。あの門の中で9度の冬を送った。会いたかった」と挨拶した。
彼は「少なくない期間なのに変わりのない愛、そして支持・信頼のおかげで、このように皆さんに会うことができた。その心に対して、どのような話も代ることはできない。ただ感謝します」と支持者に感謝の気持ちを表わした。
李元議員は「朴槿恵前大統領と韓明淑前国務総理の赦免が決定されたことに対してどう思うか」という質問に「果たして正義という単語が存在するのか。そのような気がする」と答えた。
2021年 12月 12日 / 未分類
【自主時報 2021/12/11】
「不平等体制の清算と自主平等社会建設という絶対多数の民衆の要求を持って、民衆と共に私たちは闘いぬくだろう」。
11日、ソウルをはじめ全国11都市で開かれた「これ以上耐えられない!不平等を耕し返そう! 2021地域別民衆大会」参加者が、このように宣言した。地域別民衆大会は全国民衆行動(準)の地域組織が主催した。
民衆大会参加者は「労働者・農民・貧民・民衆は怒る。朴槿恵弾劾とともに清算したかった積弊は復活し、逆に社会経済的不平等はより一層激しくなり、民衆の人生はより一層苦痛になった。韓半島の平和の約束は文在寅政権の政治的ショーにすぎなかった」と主張した。
また「労働者・農民・貧民・女性・青年など、この土地の主権者である民衆が闘争に出よう」と訴え、「民衆が主人になる進歩政治の大団結のために、大きい歩みを踏み出すだろう」と強調した。
地域別民衆大会に続き2022年1月15日、民衆総決起がソウルで進行される。全国民衆行動(準)は民衆総決起の成果をもとに本組織結成を宣言して、大統領選挙闘争に入る計画だ。
2021年 12月 8日 / 未分類
記者:キム・グァンス政治学博士
民プラス:12月8日
●映画「私はチョソンサラムです」試写会に行き
私は文化芸術に関する理解はとんと疎い。にも関わらず意味のある映画や演劇などは必ず観覧しようとする。なぜなら文章で得られないインスピレーションのようなものを、常に私に与えてくれるからだ。
12月9日から上映される「私はチョソンサラムです」という映画を、共同体映画上映形式で6日に観覧した。チケットは知人の助けを借りて購入し、上映館に到着すると100人ほどの客がいた。知っている人もいたので短い挨拶を交わし、静かに映画を見始めた。
結論として私はこの映画を見ている間、終始かれら…在日チョソンサラムに「申し訳なさ」と私自身に向かう「居心地の悪さ」を感じていた。
「申し訳なさ」とは、私自身、自主統一運動ひとすじで実践活動を熱心にやってきたと自負してきたが、かれら…在日チョソンサラムの差別的な生活と統一に対する熱望を観念的に理解していたと私自身が認識していたことに気付いたためだ。かれらにとって統一とはスローガンでも「抵抗」でもない、人生と運命そのものだったということだ。
「居心地の悪さ」とは、そのようなかれらの人生を知っていながらも目をつむろうとした私の「黒い羊効果(※)」のためだった。知っていれば同意しなければならず、同意すれば行動しなければならないため、むしろ「目をつむる」ことで正当化した卑怯な自分自身を見つけてしまったからだ。
※黒い羊効果…自分の属する集団に対する優越評価と、集団の中の異端者を自分の属さない他の集団よりも低く評価 し排除しようとする心理。
上映を通じて広く知られるであろう、在日チョソンサラムたちの言葉にできない差別について分かち合い、共にできる方法が過去の「キャンドル」ではなく現在の「野火」として立ち上がれば、という小さな願いを込めて観覧を終えた。
●映画に対する所感
映画は90余分にわたって日本社会での在日チョソンサラムの差別的な体験・境遇を扱う。だが、その先に祖国統一へ向けられた格別の願望と祖国愛が込められた「栄光の」人生があり、それを越えた「幸福」がある。
個人的な人生なら決してそうしなかっただろう。個人と社会、国家と民族、分断と統一、そういったもので覆われた社会的ネットワークの中で、自分たちの人生を「今日の個人」ではなく「明日の集団」として見てきた。そして集団の中で自分たちの幸福と理想、志向性を見つけて来たからこそ、かれらは過酷な差別と嫌悪、祖国の裏切りにさえ耐えてきたのだろう。分断と国家保安法、統一すらもかれらにはそのように近づいてきた。
ここまでがかれらの人生に対する共感であれば、次は大韓民国に向けた「怒り」である。
次のセリフにすべてが込められている。38度線以南の大韓民国が故郷の主人公、在日同胞金昌五先生は作中で「私が祖国(大韓民国)を愛すれば愛するほど、(国家保安法のため)祖国が離れていく」と語った。
何がかれらをそうさせたのか?治安維持法と国家保安法は一卵性双生児だ。祖国留学を通じて「忘れていた」自分のアイデンティティを見つけようとしたが、むしろ大韓民国という祖国は「留学生スパイ捏造事件」を通じて自分たちを部外者に仕立て上げ、生きる権利さえ徹底的に奪った。ある判事の判決文だ。「大韓民国は反共を国是とする国家だ。したがって、被告康宗憲のような朝鮮のスパイは生存を許すことができない。 (康宗憲先生の回顧の中で)
結果、そのように捨てられた彼らの人生は「チョウセンジン」と馬鹿にした日本には差別を正当化する言質を作り出した。いかに残酷なことを大韓民国はしてきたのか。
私は以下のように結論づける。在外同胞及び在日チョソンサラムたちの差別は、日本を責める前に祖国の息子・娘たちを受け入れられなかった歴代大韓民国すべての政府にある。これからはその過ちを100回でも繰り返し認めて反省し、かれらが堂々と民族的生活を営むため大韓民国政府は数百倍の努力を惜しまず、問題解決のために日本との直談判に訴えなければならない。
そこまでしなければいけない十分な根拠と責務もある。「南と北は国際舞台で民族の利益と海外同胞の権利・利益のための協力を強化していくことにした」(10・4南北共同宣言第8項)それにも関わらずもたもたと時間ばかり無駄にしている大韓民国政府に向けては、市民社会が団結し、国民的な同意と大衆的な怒りを基に批判・牽引し、すでに政治争点化している「チョソンサラム差別問題」を全朝鮮民族の力量で突破する知恵を導き出さねばならない。
10・4南北共同宣言合意文を復活させることがその近道である。南北合意文履行闘争(国会批准闘争を含む)を組織化して政府を最大限圧迫し、国会批准できるようしなければならない。この映画はまさにその呼び水だ。過去のジェノサイド(虐殺)とディアスポラ(離民)、それらの真ん中に存在する今日の日本ジェノサイドを克服する道だ。
2021年 12月 7日 / 未分類
【自主時報 2021/12/6】
「夢は空で眠り
思い出は雲を追い流れる
友よ、その姿はどこに行ったのか
懐かしい友よ
昔を思い出すたびに
私たちの失われた情を探す
友よ、夢の中で会おうか
静かに目を閉じる
悲しみも喜びも孤独もともにしただろう
膨らむ夢を抱いて明日を誓った
私たちの固い約束はどこに
夢は空で眠り
思い出は雲を追い流れる
友よ、その姿はどこに行ったのか
懐かしい友よ」
「1987年の6月抗争の時、李韓烈烈士が亡くなった。その時、当時延世大学の学生をはじめとする人々が李韓烈烈士を追慕してこの歌をたくさん歌ったと聞きました。 6月10日の国民行動の日、6月26日の国民代行進。 6月26日に日時をぴったり合わせて、大阪領事館に対して抗議活動をしました。抗議活動の際に逮捕されたんです。 15日間大阪拘置所にいましたが、拘置所の中では面会も禁止で新聞も読めませんでしたが…外の世界との経路は唯一、12時に流れるNHK放送、ラジオ放送だけでした。ニュース放送で聞きました。 「長い間生死の境界をさまよっていた延世大学李韓烈学生が死亡した。」瞬間、独房で泣き続けました。そんな記憶があってこの歌が格別です。」
「民族委が出会う」2番目の主人公は「私はチョソンサラムです」に出演した在日同胞金昌五先生だ。「私はチョソンサラムです」の金哲民監督も共にし、ペク・チャ自主民主平和統一委員会常任運営代表が進行を担当した。
金昌五先生は現在、韓統連(韓国民主統一連合)事務長を務めており、日本で長く統一運動をしてきた人士だ。
●涙が流れ、また涙を流して
行きたいと願ってきた故国の土地を踏めなかった彼に、機会がやってきた。彼は海外民主人士の名誉回復と帰国保障のための汎国民推進委員会の努力によって、2003年9月19日、ソウルの地を踏んだ。これまで日本を訪れた人士たちが「次はソウルで会いましょう」と言っていたが、それがついに実現したのだ。
「韓国に行く前日、推進委員会執行委員長のイム・ジョンイン弁護士と話しました。 (中略)その時、イム弁護士が最後に話した言葉が「明日ソウルで会いましょう」。その瞬間涙が出ました。長い間「次はソウルで」といいつつ10年、20年、30年がたったのに」。 「明日ソウルで会いましょう」
ソウルを訪れる日の朝、顔を洗いながらも涙を流し、電車の中で娘の手紙を見ながらも涙を流し、飛行機の窓から見た祖国の地を見ながらも泣いて。空港に到着しても人々を見てもまた泣いて。毎瞬間が涙だったはじめての故国訪問。金昌五在日同胞はどのようにして統一運動に立ち上がったのだろうか?
●生涯民主と統一のために生きる
金昌五先生は中学校時代まで母国語を全く分からなかったという。
彼は朝鮮人だということを隠して生きてきた。大学に入った1974年8月、6歳上の兄に呼ばれた。兄は「8月15日に東京の光復節集会に一緒に行こう」と提案してきた。金昌五先生は朝鮮人だということを隠して生きてきて、そのような問題や関心がなかったので「絶対に行かない」と言った。その当時は日本と中国が国交正常化された直後であり、中国政府が友好の象徴として日本にパンダを送り、上野動物園にパンダがやってきた。そこで金昌五先生の兄は「東京を一緒に行けば、上野動物園に行ってパンダを見せてあげる」と再び誘い、金昌五先生も「それなら行く」と応えた。彼が東京に行った理由は光復節集会ではなく、パンダを見るためであった。
東京の光復節集会場に入った金昌五先生はとても驚いた。彼は「熱気が並大抵ではなかった。壇上ではおじさんたちが、私が理解することもできない韓国語で熱を帯びた演説をしていました。聞いてみると祖国の将来、民主化、統一、そのような話をしていたのです (隣の方が説明してくれました)。私はびっくりしました。私が知っている朝鮮人は貧しくて、肉体労働をして、疲れた体で安い焼酎をたくさん飲んで・・・粗暴で貧しい姿でした。それとは全く違った姿を見て、衝撃を受けました。「あぁ、こんな世の中があるんだ」。その日を契機に在日韓国青年同盟(韓青)に参加して初めて韓国語を勉強し始めました」。
彼は歴史学習、特に4・19革命を通じて学んだことが多かったという。金昌五先生は「同じ年齢、同じ年頃の祖国の学生たちがこのように生きているのか」と考え、「私は生涯、民主と統一のために生きると決心した」という。勉強すればするほど祖国に対する愛が深くなったという。
●黄色いリボン
対談では、映画で金昌五先生を見た人が、印象深かったことに関する話も交わした。
黄色いリボン。今でも彼の胸には黄色いリボンがついている。映画のインタビューをする時も特に目を引いたのが黄色いリボンだった。多くの人がこれに注目したという。
「朴槿恵政権の時、最も独裁政権のために被害を受けた方々が、セウォル号惨事の時の学生と遺族でしょう。しかし、当時は朴槿恵政権下だったので本当に難しい闘争、警察・機動隊の弾圧を受けながら黄色いスカーフ、黄色いシャツを着て闘争をしていたでしょう。その姿を見て感動をたくさん受けました。「私たちも共にしなければならない」といいながら連帯闘争をしてきましたが、セウォル号惨事の遺族の方々の闘争が、結局はキャンドルデモに発展したのではないでしょうか? そのような意味でキャンドル革命の主人公は、私はセウォル号惨事の遺族たちだと考えます。そうした方々と連帯しなければならない。そのような気持ちで常にリボンをつけています」。
彼が映画で「祖国の民主化、祖国の統一が在日同胞と直結する」といった話も非常に注目された。
これに対して金昌五先生は「日本で在日同胞が民族差別を受けています。このことが今では当然のように考えられていますが、1945年祖国が解放された後は、南にいようが、北にいようが祖国の地にいる同胞は朝鮮人、韓国人ということを理由に迫害を受けなくなりました。唯一、植民地宗主国(日本)で生きている在日同胞だけが70年以上、朝鮮人ということを理由に差別と迫害を受けています。その苦痛はいつ終わるのか?それは統一された祖国が日本と対等な関係、お互いが本当に尊重する、そのような時代がきてこそ民族差別のない社会が実現される。そのような意味で祖国の分断の最も厳しい被害者が在日同胞であり、祖国統一の最も大きい恩恵を受ける存在が在日同胞だと考えます」。
対談では統一が個人の希望ではなく、在日同胞、民族すべてに必ず必要なことだと確信する金昌五先生と多様な話をすることができた。
金昌五先生が出演した映画「私はチョソンサラムです」は12月9日に封切りを迎える。
12月9日午後7時30分、インディスペースで映画上映後、進行される「監督との対話」で彼とまた会うことができる。この日「監督との対話」には、キムジョグァンス監督の進行で金哲民監督、金昌五先生、柔道の安昌林選手が出演する。